Project Story 01

企業との協業体制で、カーボンニュートラルな農業に挑む

“日本発”木質バイオマス資源のカスケード利用によるスマート農業プロジェクト

Project Outline

2011年、自社工場の排熱やバイオマスボイラーの余剰蒸気の活用方法を模索していた辻製油株式会社は、あさい農園と出会い、農業事業参入を決意。辻製油とあさい農園に加え、三井物産株式会社やイノチオアグリ株式会社にも協力を仰ぎ、農業・工業(食品加工)・物流など、各業界で先頭を走る4社がコラボレーションし、「うれし野アグリ」を設立した。製油工場の排熱・余剰蒸気をトマト栽培に有効活用することで、時代に先駆けてカーボンニュートラルな生産体制を実現したほか、オランダ型の高軒高ハイテクハウスやICTを駆使した複合環境制御システムといった、先端技術を導入した農業を展開。次世代型農業のモデルケースとして、農林水産省や全国の農業関係者からも多くの期待・注目を集めている。

Members

うれし野アグリ株式会社 代表取締役社長
辻精油株式会社 代表取締役会長

辻保彦

株式会社浅井農園
代表取締役社長 CEO

浅井雄一郎

Chapter 01

地球環境にも配慮した、
カーボンニュートラルな農業に挑む。

浅井

辻会長と初めてお会いしたのは、2011年。会長があさい農園にトマト栽培の見学にみえたんです。当時は社長でしたが、三重県を代表する企業である辻製油の社長が来訪されるということで、とても緊張していたのをよく覚えています。当時はまだうちの社員も数名で、私自身も手ぬぐい巻いて生産から販売まで何でもやっているような状態。ハウスの周りも整備されていない砂利の田んぼ道だった。そこに車で土煙を上げながら、豪快に颯爽と登場された辻会長の姿は今でも忘れられません。

辻会長

いやいや、そんな。そうでしたかね。その頃私は、辻製油の食用油工場の排熱を有効活用する方法を探していました。辻製油では以前から、地域の間伐材などから出る木製チップを使ったバイオマスボイラーを導入していて。ボイラーの蒸気で食用油を製造していたのですが、その工程で温水や余剰蒸気が膨大に余っていました。そこで古くからお付き合いのあった三重大学の西村教授に相談したところ、浅井くんを紹介してもらったんです。

辻会長

「オランダ帰りの若者が、三重大学大学院で品種改良の研究などをしながら、新しいトマト栽培に挑戦している」というのであさい農園の見学に行かせてもらうことにしました。辻製油は、食用油の製造や販売を中心に化学工業や、食品加工工業に取り組んできた会社。これまで農業とはご縁がなかなかなくて。私自身もトマト栽培や施設園芸がどういうものか、当時は全然知らなかった。

浅井

トマト栽培のハウスをはじめ、一般的な施設栽培ではA重油と呼ばれる農業向けの重油、つまり化石燃料をハウスの暖房に使っています。しかも当時は、重油がどんどん値上がりしている時代で、燃料費高騰は施設栽培でも課題になっていました。「重油の変わりに工場の排熱をトマト栽培に利用するのはどうか?」という辻会長のお話を聞いて、私としても「ぜひ挑戦したい」と思いました。今でこそカーボンニュートラルやSDGsなどの言葉が一般的になっていますが、当時、三重県はもちろん、日本で脱炭素の取り組みをしているところはなかなかなくて。いち早く再生可能エネルギーの「バイオマスボイラー」を導入したうえに、余剰排熱まで有効活用しようと考えておられる辻会長の先見性には頭が下がりました。

辻会長

工場排熱の有効活用については、実は他にもいろいろアイデアが出ていました。三重大学の教授の他にも付き合いのあった三井物産など、さまざまな方に相談して、「ウナギの養殖池を作ったらどうだ」とかね。でもどのアイデアにも私はあまりピンと来ていなかった。そんなときあさい農園のトマト栽培を見て「これだ」と思ったんです。そして浅井くんが「栽培の方は全部私に任せてください! ぜひ一緒にやらせてください」といってくれて、とても心強かった。

浅井

実は正直いうと、本音では自信はなかったです。しかしあさい農園としても大きなステップアップになるチャンス。「絶対成功させる」という情熱では誰にも負けないつもりでした。信じて任せていただいたのは本当にありがたかったです。
また、当時日本の農業は、家族などの少人数単位で、いわゆる「農家」が営むものというのが一般認識でした。そんななかあさい農園では、組織で取り組む新しい農業の形を模索していました。辻会長とタッグを組ませていただくことで、企業の農業参入事例として、モデルケースを確立できればいいなという思いもありましたね。

Chapter 02

オランダ型ハイテクハウスなど、
最先端技術を導入。

浅井

こうして辻会長の辻製油と、我々あさい農園に加えて、会長が流通や販売などでお付き合いのあった三井物産さんと、農業設備販売業などで活躍されているイノチオアグリさんにもご協力いただいて、4社のコラボレーションで新しく農業事業を立ち上げようとうれし野アグリを設立するわけです。まずはみんなでFS※調査からはじめて。辻製油さんの余剰エネルギー量はどれぐらいあって、それを活かすにはトマト栽培が本当に一番ベストなのかどうか、そして栽培に使うハウスはどんなハウスをどうやって建てるのかなど、国内だけでなく、海外も含めてさまざまな調査を実施して、みんなでアイデアを出し合って、ディスカッションを繰り返して方針を固めていきました。1年以上かけて、10〜20回くらい会議をしましたかね?

辻会長

いやいや、もっと、何十回もしましたよ。数億円の投資が必要になるプロジェクトでしたし、国からの補助金のことなどもあったので。

浅井

そうでしたね。現在、ようやく農林水産省でも「みどりの食料システム戦略※」というものができ、企業の農業参入や、農業の脱炭素推進政策などに取り組んでいますが、当時、企業の農業参入はまだまだレアケースで、国からの補助金などの枠組みも整備されていなかった。そんななか、たまたま経済産業省が企業の先進的な農業プロジェクトを支援する農業成長産業化実証事業という試みを始めて、うれし野アグリはこの事業の補助金をいただいてスタートできました。

辻会長

そうなんです。やはり最初はみんな「本当に大丈夫か? うまくいくのか?」と及び腰なんです。でも私は、今回のプロジェクトに限らず、「やると決めたらとことんやる」というのがポリシー。浅井くんとふたりでみんなを説得して、「農業先進国であるオランダから高軒高のハイテクハウスや最新技術を取り入れてやろう」と。私にとって農業自体が新しい挑戦ではあったのですが、新しい技術なども積極的に取り入れました。

浅井

辻会長の覚悟に、みんな引っ張っていただいたと思います。新しい挑戦をするとき、人はやはり「やめる理由を探してしまう」ものだと思うんです。今回私は、挑戦させていただいている立場なのでやめる理由はなかったのですが、辻会長にはきっとやめる理由があったはずなのに、それでもみんなを鼓舞し、まとめてくださった。そのおかげでうれし野アグリは、企業の農業参入の成功事例、先進農業のモデルケースとして、農林水産省の方々はじめ、たくさんの農業関係者の方に、注目していただいています。

辻会長

こちらこそ、浅井くんのおかげですよ。浅井くんの農業に関する知見や栽培技術がなければ、このプロジェクトは成り立っていない。正直最初は、まだ若くて心配なところも多少はあったけれど(笑)、今は経営者としても本当に立派に成長されて、ビジネスパートナーとしても安心して任せられていますよ。

※FS…フィジビリティ・スタディ。新規事業などのプロジェクトにおいて、多方面から、実行可能性、採算性などを調査すること。
※みどりの食料システム戦略…2021年5月に農林水産省が策定した食料生産の方針。食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現するための戦略。

Chapter 03

数々のトラブルを乗り越え、
持続可能な生産体制を整備。

辻会長

2013年にうれし野アグリを立ち上げてから、早10年。振り返ると本当にいろいろありましたね。浅井くんには現場での苦労もたくさんかけたと思う。

浅井

いえいえ。会長の的確なサポートのおかげで、10年走り続けることができました。とはいえ、まだまだ課題はありますし、やはり、その時々で予想もしていない、トラブルはたくさんありましたよね。まずは1年目、ハウス導入までが大変でした。ハウスを発注したオランダの会社がいきなり倒産してしまって。「そんなことある?」と。オランダでは、少し経営が悪くなると、会社を倒産させて民事再生して、すぐ事業を再開させるといういうスキームがわりと頻繁にあるらしくて、そのケースだったんですけど。それでやっとハウスの資材を積んだ船が日本へ出港したと思ったら、今度はその船が嵐で座礁してしまった。

辻会長

そうだ。そんなこともありましたね。ニュースにもなっていて。幸いコンテナの荷物は無事だったんだよね。

浅井

はい。コンテナの荷物のうち1/3は沈んでしまったんですけれど、私たちの荷物は2/3の方で、なんとか無事だったんです。何ヶ月か遅れてようやく資材が届きました。そうしたら、今度はハウスの完成間近に台風がやってきて、嬉野地区が大雨洪水警報どころか、緊急アラームが鳴り止まない程の大型台風に見舞われて。

辻会長

そうでした。圃場のすぐ近くまで水が迫っていました。コンピュータやサービスルームの一部が水に浸かってしまったんだった?

浅井

そうなんです。しかしそれ以来、後にも先にもそのような大嵐はなくて、栽培をはじめてからは、幸いにも台風や災害の被害は一切受けていないですね。私は、辻会長が土地を沈める神事などをしてくださったおかげもあるのかなと思っているんですけど。

辻会長

うちは月に1回、猿田彦神社にお願いして、お祓いをしてもらってるんです。うれし野アグリでも、ハウスを建てるときなど、節目節目で神事をやっていただくようにして。そのおかげかどうかはわからないですが、地域の土地を敬う姿勢は大切だと思っています。

浅井

はい。辻会長の姿勢を見習わせていただいて、あさい農園でも節目ごとに神事をさせていただくようになりました。そんなこんなで栽培も無事軌道にのって、ほっとし始めた1年目の後半に、出てきた課題が「作業遅れ」でしたね。

辻会長

そんなこともありましたね。とくに2年目かな。

浅井

はい。1年目はとにかく目の前のことに集中してやっていたらビギナーズラックである程度うまくいっていたところがあったんだと思います。そして、1年目の後半になると自分の想定よりも作業が遅れていくということが発生しだした。作業を取り戻そうと思って夜遅くまで、ヘッドライトを付けて作業をしていた時期もあったのですが、うれし野アグリは何ヘクタールという規模なので、何万本というトマトがあって、やっぱり追いつけないんですよね。みんなにサポートしてもらって必死に作業しているのに、翌週に持ち越し、取り戻せないということになっていってしまって。すると、自分の未熟さを痛感しながら作業をしている私とみんなのところに、辻会長が袋いっぱいの差し入れをもって、ニコニコしてやって来てくれるんですね。

辻会長

実際の栽培の部分に関しては私も浅井くんに任せていたので。私としては、みんなの一体感と、モチベーションをあげたいというね。やっぱり働いてる人も自分のがんばりを誰かが見てくれてると思えば、一生懸命やりますよ。

浅井

そうですね。辻会長のおかげでチーム一体となってみんなで乗り越えていけたのは、本当にありがたかったです。それで2年目、3年目としっかり利益も出せるようになっていって。その後1.2ヘクタールにハウスを拡張して、LEDの補光ライトを導入するなど、さらに新しい技術を導入しながら、事業を拡大させていきました。そうしたら翌年、黄化葉巻病という病気をハウスの中に広げてしまって。今思えば、私の慢心、気の緩みでした。もう一度辻会長にしっかり現場を締めていただいて。

辻会長

ありましたね。昔から「好事魔が多し」や「勝って兜の緒を締めよ」といいますけど、本当にそうなんですよ。私もこれまでに身をもって痛感しています。

浅井

はい。こうして随所で自分の至らないところを辻会長にサポートしていただいたおかげで、持続可能な新しい農業の形の一端はお見せできているかなと。まだまだですが。

辻会長

うん。もちろん利益や事業としての持続性も大事だけれども、やっぱり毎日、トマトの顔を見ていたらね。一生懸命トマトは伸びてるわけですよ。ハウスにズラッと並んで赤い実を付ける様子はとても美しくて、壮観ですよ。農業というのはこういう楽しさがあるんだなとわかりました。

Chapter 04

農業のビジネスモデル確立が、
地域や社会貢献にもつながる。

浅井

立ち上げ当初から辻会長は、「1プロジェクトにつき、年間1億円の利益」という経営目標を掲げられていて、うれし野アグリでは、かなり達成間近なところまではいきつつも、まだ達成できていない。私は最近になって辻会長がずっとおっしゃられていたこの目標の意味が少しずつわかってきて。やはり事業として、儲かって利益が出せていないと、社員にちゃんと給料も払えないし、税金も納められない。そして取引先含め、みんなに対しても役割を果たせず、事業としても存続できないですよね。

辻会長

そうですね。もちろん企業は、資本主義の枠組みのなかで事業を行うので、経営者として決してそこは忘れてはいけないと思っています。しかし、同時にこのプロジェクトは、地域や社会への恩返し、社会貢献性という意義も非常に大きいと感じたので、「絶対に成功させたい」と思っていました。自分たちの利益のためだったらもうやめていたかもしれない(笑)。たとえばうれし野アグリでは現在、100名を越えるパート社員を雇用していますが、たくさんの地域のお母さんたちが、子育ての合間に働いてくれています。これだけまとめて雇用できる施設はこの近くにないですし、これだけ自由な勤務形態で雇用できる組織もまずないですよ。

浅井

農業って、絶対今日中にしなければいけない作業があるわけではないので、スケジュール管理さえしっかりすれば、たとえば障がいのある方なども含めて、多様な人材の方のライフスタイルに合わせたさまざまな働き方で協力してもらえるんですよね。

浅井

方なども含めて、多様な人材の方のライフスタイルに合わせたさまざまな働き方で協力してもらえるんですよね。

辻会長

そうなんです。また地球環境に関してもそうで、うれし野アグリは、重油をバイオマスの再生可能エネルギーに変えて、ほぼカーボンニュートラルな農業を実現しているわけですが、電力はまだ電力会社よりの供給であり、今後、うれし野アグリや辻製油では、電力に関しても太陽光発電やバイオマス発電化を図って、さらなる脱炭素を推し進めていきたいと思っています。

浅井

あらためてうれし野アグリは、時代に先駆けて社会や地域の新しい農業のあり方を提示しているというところがすごいと思います。また、これからも引き続き新しい挑戦を続けて、地域の新しい農業の形を模索し続けていきたい。辻会長のおっしゃられた電力の脱炭素化に関してもそうですし、私としても輸入資材に頼っているところを、国産内製化していく取り組みだったり、輸出を伸ばしていく取り組みなどにも挑戦していきたいと考えています。
またファーストステージは、辻会長と私が中心となってこのうれし野アグリという船を作りましたが、これからは所々壊れてくるところもあれば、新しい進路を定めないといけないときも来ます。そのときは、次の世代の人たちが自分たちで行き先を決めながら、辻会長がおっしゃるように社会のために貢献できる、そういう船であり続けてほしいなと思っていますね。